院内感染対策

新たな感染対策としてのナノ・マイクロ構造とは?

この5年間は新型コロナウイルスに、そして昨年末からはそれに加えて、インフルエンザウイルス、マイコプラズマウイルス、ノロウイルスなど、多くの感染症が流行り、大変な状況が続いています。

感染経路としては、飛沫及び接触感染が考えられ、マスク、手洗い、消毒などの感染対対策が効果を示していましたが、新型コロナウイルスが5類へ移行されたことにより関心が薄れたため感染を助長することとなってしまいました。薬剤を使用した消毒などの対策の他、抗菌剤(光触媒など)の塗布や抗菌性を持つ金属(銅など)の利用もなされて来ましたが、実際の環境中で十分な効果を得られているのかどうか不明瞭な状況です。

今回は、消毒剤を含めた薬剤をまったく使用せず、プラスチックや金属(ステンレス)などの表面を加工することにより得られる微細な構造が微生物に作用し、増殖を防ぐ(抗微生物作用)という興味深い新たな技術(ナノ・マイクロ構造)についてご紹介します。

ナノ・マイクロ構造の抗微生物作用は、昆虫(トンボ、セミなど)の翅にあるナノサイズの微細な突起構造(凸凹、ナノスパイク&ナノピラー)が翅表面に付着した細菌や真菌を不活化するという事象から注目されることとなりました。1-2)

その優位性は、下表の説明されています。

優位性 内容
材料が不問 どんな材料でも構造デザインさえ模擬することができれば抗微生物機能を発現する
(抗微生物作用は構造デザインの違いにより影響を受ける)
広いスペクトル 細菌類だけでなく真菌などにも増殖防止効果を示す(ウイルスにも有効)
効果の持続性 構造さえ維持できれば原理的には永久的に効果が持続し、材料の消費も少ない
エネルギー不要 主に物理的なダメージに基づくため熱・光・電気などのエネルギーを必要としない

※大腸菌、黄色ブドウ球菌、カンジダ酵母、黒カビ、Qβファージ(エンベロープ無)、φ6ファージ(エンベロープ有)など

模擬実験において、「抗微生物作用(不活化)率」と「ナノスパイク構造の先端径」とに強い相関があり、75~150nmで高い作用を示すこと、この先端径は、昆虫の翅の先端径と同じ範囲であったことが報告されています。

また、4種類のサメの体表面の楯鱗構造に関する実験により、溝の非対称性が大きくなるほど微生物の付着率が低下し、体表面近傍の縦渦によってバイオフィルムの成長過程での被覆が阻害されているとの報告もなされています。3)

加えて、サメ肌抗菌シート(シリコンエラストマ―素材)による食中毒菌(大腸菌、緑膿菌、腸炎ビブリオなど)の増殖に対する抑制効果も報告されています。4) 構造として凸凹の形状での実験であったが、形状に関係なく、0.3~3μmの高さを有すれば効果を持つことが示されています。

これらの結果から、ナノ・マイクロ構造による抗微生物作用のメカニズム(下図)については、今後さらに研究が進められ、新たな感染対策の一つとして検討されていくものと期待されています。均一のナノ・マイクロ構造を安定して作製可能なナノプリント技術などの開発が進められています。

図 ナノ構造の抗微生物作用を示すイメージ

ナノ・マイクロ構造を有する製品の開発は、ドアの取っ手、電車の吊革、トイレの便座、携帯カバーなどからの接触感染、クーラー、風呂場、洗面所などの微生物汚染、まな板、食品容器などからの食中毒への感染対策として進展していくことが期待されます。

なお、本製品については、薬機法(「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」)に基づいて承認される製品に対して表現可能な「滅菌」、「殺菌」、「消毒」を現時点では使用できないため、「抗菌」剤との表現が使用されています。

1)E.P.Ivanova et al.「Bactericidial activity of black silicon」Nature Communications,4,2838(2013)
2)吉川、他「ナノ・マイクロ構造による新しい抗微生物技術 5 昆虫に学ぶ新しい抗菌・抗ウイルス技術」
日本防菌防黴学会誌、Vol.52、No.10、461-471(2024)
3)宮内「ナノ・マイクロ構造による新しい抗微生物技術 1 ナノインプリントによる抗菌表面の設計と検証」
日本防菌防黴学会誌、Vol.52、No.6、285-291(2024)
4)照井「ナノ・マイクロ構造による新しい抗微生物技術 2 サメ肌抗菌シートによる食中毒菌の抗菌効果」
日本防菌防黴学会誌、Vol.52、No.7、329-331(2024)

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